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03話 既読だけの私に、君は

last update publish date: 2026-10-25 22:17:10

 短い文章――連絡はこないだろう、と踏んでいたから……胸がときめいた。

 なんて返信しよう、とひたすら考える。

 座椅子の上で。

 シャワーを浴びながら。

 座椅子の上で。

 ベッドの上で。

 シーツの中で。

『私もありがとう』

 悩みに悩んだ結果、なんの捻りもない文章を私は送ったのだった……。

 ――その日から、室町くんからは毎日連絡がくる。

『おはよう』

『おやすみ』

 朝の挨拶と夜の終わりのメッセージ。

 でも、それだけじゃなくて、

『花咲いてた』

 道端に咲く花の写真。

『新商品のチョコ』

 チョコのパッケージ写真。

 室町くんの日常を切り取った数々の写真たち。

 激務の中、室町くんからのメッセージを開くだけで私の疲れは癒えている。

 私はこれらが届くたびに、楽しい――満足していた。

 本当のところ……どう反応したらいいのか分からず、既読しかつけていない。

(普通、既読無視されたら何か言いそうなのに)

 返事をしないことを悪いと思いつつも……そんな私の態度について、室町くんから何か言及されることもなく。日々は過ぎていく。

 室町くんとやりとりを続けて二週間が経とうとしていた頃。

 夜勤を終えて更衣室のロッカーから携帯を取り出したら一通の通知が室町くんからあった。

『お休みいつですか?』

 ――初めての質問だった。

(これは、答えなきゃいけないやつ……だよね……?)

 質問だから、答えなきゃいけない。

 私は手帳を開いてシフト表を覗いた。若くて独身の私は、少しでもお金を貯めたくて、取れるだけ夜勤を入れている。休みはあっても、夜勤の前日か夜勤明けばかり。室町くんと美智たちと会えたのは、たまたま日勤だったからだ。

『休みないです』

 そうタップして、送信ボタンを押そうとした指を止めた。

 これはさすがに短過ぎるし、質問に答えていない。

 でも、なぜ室町くんは私に休みを聞いてきたんだろう?

(デートに誘うつもりで……?)

 仄かに灯ったときめきを、私は首を振って否定する。誤解しちゃいけない。きっと、室町くんが休みを聞いたのは建前で、「返事、できないんですか」とか、遠回しに責めるつもりなのだ。

(そんなキャラには見えないけど……)

 私は、どう返せば自分の心が傷つかないか、ロッカーの前でぐるぐる考える。休みを答えたら何が返ってくるのか、期待しないで済むように。

 シュッ――という機械音が微かに響いて、私は携帯を見下ろす。どうやら、指先を送信ボタン前で止めていたせいで、弾みで押してしまったようだ。

「あ、あぁー! ど、どうしよ、送っちゃった」

『休みないです』と切り捨てるような返事を、あわあわしながら取り消そうとするも……既読の文字が飛び込んできて、私は「もうダメだ」と項垂れる。

 もう少し、捻った返事を書いたらよかった――なんて書けば良いか思い浮かばないけど……。

 私は室町くんが嫌な思いをしてるかもという申し訳なさで、携帯をバッグの中に放り込んだ。

 彼からの返事を見るのが、怖かったからかもしれない。

 ※

 夜勤明けの重い体を引きずって帰宅して、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。

 室町くんの返信に気づいたのは、深夜を回った頃。部屋が暗くて、静かで、携帯の光だけが私を照らしていた。

『一時間だけでもダメですか?』

 切実な返し。

(ううん。文章だからそう感じるだけかも)

 声を聞いてないんだから、真意は分からない。

 私はずっと断る理由を探している。

 どう返事をしようか携帯と睨み合っていると――画面が突如切り替わり、着信音が静寂の部屋に鳴り響いた。

【室町くん】

 画面に踊る彼の名前に心臓がきゅんと鳴く。驚いた拍子に、指先が滑って通話ボタンを押してしまっていた。

「あ、嘘――っ」

 画面はすでに通話中の秒数を刻み始めている。慌てて携帯を耳に当てると、微かな衣擦れの音の向こうから、ひとつの声が鼓膜に届いた。

『もしもし』

 電話越しに聞こえる室町くんの声は、私の記憶にあるものよりずっと低く、男性的だった。

 ガヤガヤと騒がしい大衆居酒屋の中で聞いた、あの消え入りそうで弱々しかった声。それが、この物音のない深夜に一対一で聞くと、まるで全くの別人であるかのように鼓膜を震わせてくる。余計な雑音がない分、彼の吐息の熱までが耳元に直接送り込まれてくるようで、体が自然と強張った。

『遅くにごめんね』

「う、ううん……だいじょうぶ、寝てたから……」

 夜勤明けでついさっきまで泥のように爆睡していたものだから、自分の声は自覚できるほど掠れていて、寝起きそのものだった。

『そっか、寝てたのにごめん』

 電話口の向こうで、彼が本当に申し訳なさそうに声を落とす。

(あ……違う、「寝てた」なんて正直に言ったら、気を遣わせちゃう……!)

 事実をそのまま口にしてしまったのは失敗だった。そう焦るものの、今更「本当はもう目が冴えてる」とも言えず、気まずさに私は黙り込んでしまう。

 けれど、室町くんは電話を切ろうとはしなかった。少しの沈黙の後、彼は小さく息を吸って、そっと囁くように続けた。

『メッセージの返事がないから、迷惑かなって思ったんだけど……どうしても、話したいって思ったから。電話しちゃった』

「う、うん……そっか……」

 心臓の音がうるさくて、まともな相槌が打てない。

『お休み、いつ?』

「えっ、あ、ええと……」

 私は慌ててベッドから手を伸ばし、バッグの中から手帳を取り出して開いた。

 深夜帯のシフトが多くて不規則な勤務の中、一日だけ、日勤と日勤の間に挟まれた休みの日がある。

 どう伝えようか迷っていると、電話の向こうの彼が、少しだけ声を曇らせた。

『嫌なら、断ってもらって大丈夫だから』

 そんなふうに自信なさげに引かれると、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

『でも、俺は……君に会いたいな』

 トクン、と胸が高鳴って、一瞬で顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。

 ただの電話のはずなのに、耳元に唇を寄せられて、直接囁かれているような錯覚に陥る。

 こんなにも真っ直ぐ「会いたい」と伝えられたのは居酒屋の帰り以来だ……。

「ら、来週の水曜日だったら……空いてる、よ」

 私は上擦った声でそう答えた。

『ほんとう? 嬉しい』

 電話の向こうで、室町くんがほっとしたように小さく息を吐く気配がした。あの白い八重歯を覗かせて笑っている姿が、鮮明に浮かび上がる。

『じゃあ、水族館に行こう』

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  • 陰キャと紹介されたら淫キャだった件。   20話 今日で終わりにしよう

     その言葉が、私の胸を鋭く突き刺した。 私は彼の言葉を、きっぱりと遮った。「生理、来たの」「え?」 室町くんは一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。「そうなんだ。……お腹、温める? 何か、薬とか、いる?」 すぐにいつもの誠実な調子を取り戻し、私の体調を気遣おうとする彼に向かって、私は小さく首を振った。「もう終わったから、大丈夫」 これ以上、この優しさに甘えてはいけない。 私は彼を見つめ、ずっと胸の奥底に溜め込んでいた言葉を、静かに切り出した。「生理は無事に来たし、妊娠もしてなかった。……だから、もう大丈夫だよ、室町くん」「……何が?」 室町くんは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、不思議そうに首を傾げた。「え、あ……だから、その……」 思わぬ反応に、私の方が言葉に詰まってしまう。 これで肩の荷が下りるはずの彼が、どうしてそんなに怪訝そうな顔をしているのか分からなかった。「えっと。君は過労で倒れたばかりで体調も良くないと思うし、俺、看病続けるけど……」 室町くんは私の動揺を気にするふうでもなく、淡々とした、けれど絶対に譲らない穏やかな声音で言葉を重ねてくる。 室町くんの様子に、私の言葉の意味が届いていないと気づいた。「それにさっきの続きだけど。俺の仕事場から君の病院って近いから、俺と一緒に住もう」 遮ったはずの言葉を、彼は何事もなかったかのように、もう一度真っ直ぐに私にぶつけてきた。「時間に融通利くから、君の食事も作れるし、いつだって送迎できるよ」 首を傾げたまま、穏やかに微笑む彼――それを見た私の胸の奥に溜まっていた切なさと罪悪感が爆発した。 私はベッドの上で気力を振り絞って体を起こした。「責任取らなくていいのっ……!」 室町くんの顔を見ていられず、私は俯いたまま叫んだ。「私は妊娠してなかった。……だからもう、責任っていう言葉に、無理して縛られないで。これ以上、室町くんに優しくしてもらうのは申し訳ないから……っ」 涙が視界を滲ませていく。 でも、私が泣くのは違うと思った。誠実な彼を縛っていた私には泣く権利なんてない。 下唇を思いきり噛んで、痛みで涙を堪える。 私は彼を解放するための最後の言葉を、静かに、きっぱりと告げた。「私と会うのは、今日で終わりにしよう」 狭い1DKの部屋に、重く冷たい静寂がゆ

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